少子化は予備校と生徒のありようを変えた。今まで以上に生徒の側の予備校選別は厳しく、親の側もシビアなコスト計算=投資に見合う学力向上が可能かが明瞭に求められるようになった。生徒の意識も変わった。何となく進学する者と「生き抜く」ために進学する者、これから五十年の人生のナビゲーターとして良質なものを求める欲求が高まり、宣伝だけしか能力のない大学は淘汰されつつある。十八歳人口が大学に対して相対的に多かった九〇年代の予備校は「必要悪」とみなされており、半ば義務として予備校に来る生徒が大半を占めた。しかし、「予備校に来なくても、大学さえ選ばなければ入れる」現状では、勉強以外の要素、即ち見せかけだけの生きざまではない、自分の生き方を見せる――魅せる講義が求められており、現にこれを満たしている予備校は教室には活気が満ちており生徒も白けてはいない。
公立の学校で完全学校週五日制が実施されても、中学受験熱を冷ますことはできないだろう。今と同じか、経済状況が良くなれば今以上に、中学受験を考える親子の割合は増えるに違いない。なぜならば、就職に有利と思われる大学に大量の合格者を出すのは、有名私立高校であるからだ。中・高一貫教育を行っている私立の進学佼では、公立の中学や高校よりも、英語・数学・国語といった教科の週当たりの時間は、一・五倍から二倍になることが予想される。そのため、難関校といわれる大学に合格するのに有利であることは明白である。受験勉強をしたからといって、受験をしない子どもに比べて思考力が高く、想像力に富んでいるとは限らない。しかし、学校化された社会、すなわち、学校で行われるような勉強やテストが重宝される社会では、有利なことは確かである。
論述式の場合は、問題文から解答になる箇所が抜き取れるのであれば、いちばんいいのですが、それができない問題が出ることもあります。そのような場合でも、慌てることはありません。文法の間違いがない文章をきちんと書いて、問題文の中にある「キーワード」をしっかり入れ込んでいけば、立派な解答が書けるはずです。論述式の解答を書く場合に肝心なのは、「決して問題文から離れないようにすること」です。自分独自の言葉で表現しようなどという大それた考えさえ起こさなければ、論述式の解答などちっとも怖くありません。以上のように、現代国語にはれっきとした解法があるのです。それを意識しながら過去問を何度も解いていけば、現代国語を制覇することは、さほど困難ではありません。
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